上告委員は不愉快です。
言い分の通った側からは「当然である」と威張られ。
言い分の通らなかった側には文句を言われ、突っかかられ、
自宅にメールを送りつけられ。
ろくでもないです。
裁判員の個人攻撃は御法度。
上告委員への無礼にも何等かの処分をお願いしたいほどです。
「上告」とは何か?
ディレクターの裁定に疑問(というより不服)があるとき、
当事者には再検討を要求する権利があります。
これが上告です。
にしても「上告委員会」という名前は仰々しく。
もともとはアピール コミッティ(appeal committee)といいます。
“appeal”は不服申し立て、上訴、控訴、上告、抗告などという意味で、
“appeal hearing”は「控訴尋問」なのですが。
“Labour insurance appeal committee”は「労働保険審査会」なので、
ブリッジの“appeal committee”は「裁定再審査委員会」とでも言うと
感じがでているでしょうか。
上告委員会は上告があったときに召集される臨時委員会で、案件の
審議終了をもって解散します。委員は上告の都度、上告委員名簿から
ディレクターによって3〜5名が指名されます。上告委員名簿は競技委員、
競技委員経験者、ナショナルディレクター、合計30余名から成ります。
上告文書の作成はディレクターの仕事で。
「上告した側」と「された側」はそれぞれの意見を書き入れる欄があります。
手続きと同時に供託金(5千円)が必要で。
主張が出鱈目だと没収されて慈善事業に寄付されます。
滅多にありませんけど。
担当委員は、たまたま試合会場にいるとディレクターから指名を受けます。
昼休みを削って、または、試合終了後に、個人の時間を奪われます。
20〜30分で結論に達することが多いですが、90分かかったこともあったとか。
会場に委員を務められる人がいないときには:
(イ)他会場に上告委員会の招集を依頼
(ロ)後日に上告委員会を招集
(ハ)後日に競技委員会(常設、委員12名)で審議
という措置がとられます。
なお、上告委員会の裁決に不服のあるときは、ルール委員会(常設)に
問題を付託できます。ルール委員会では、規則の解釈にかかわる案件と、
重大な事実誤認のある案件を審議します。最高裁判所みたいな感じです。
上告委員会は、以前は民事裁判に似ていると思いましたが、今では裁判員
裁判に似ているようです。法解釈について本職の裁判官が裁判員に対して
助言するように、規則の解釈についてはディレクターが上告委員に助言します。
もっともJCBLの場合は、規則に精通している上告委員も多いので、規則の
解釈が問題となることはほとんどありません。
世界選手権では appeal committee を撤廃してreview of the process の
制度を来年から取り入れることになっています。「再審理制度」とでもいうので
しょうか。一般の試合で採用することは諸事情あって難しそうです。
例1.
P* = 明らかにちゅうちょした
5
をビッドしたハンドは、実は4点しかありませんでした。
ちゅうちょした人は、絵札で20点を持っていました。
このような状況では、「私はいつでも5
をビッドします」という自己弁護の
主張は受け入れられません。
本気でそう思っているのを疑っているのではなく。
紛争当事者の言い分を認めても、対戦相手は納得しないわけで。
紛争当事者が不当に良いスコアを得たら、他の参加者はマッチポイントが
減る、相対的にスコアが悪くなる、相対的に順位を下げる。
というわけで、ディレクターもおいそれとは首を縦に振るわけにはいかない。
じゃあどうなのかと言うと?
この場合の論点は、「5
を言うかどうか」ではなく、「パスを言うかどうか」
です。論理的選択肢として「パス」があり得るなら、「5
」は認められません。
何せ4点ですから、、。
末尾に規則第16条を抜粋しておきます。興味のある方は JCBLウェブサイト
の「デュプリケートブリッジの規則2007年版」に全文が出ていますので
ご参照ください。
例2.
5
* = 明らかにちゅうちょした
ここでも論点は、「6
を言うかどうか」ではなく、「パスを言うかどうか」です。
論理的選択肢として「パス」があり得るなら。「6
」は認められません。
例3.
5
* = 明らかにちゅうちょした
ビッドの善し悪しは置くとして。
レスポンダーのビッドは6枚
でスラムを狙うハンドの強さを表しました。
これに対してオープナーは、
のスラムにかなり向いたハンドです。
従って5
を「パス」することは論理的選択肢ではありません。
6
のビッドは認められるということです。
(うまくビッドすればグランドスラムに到達できそうなハンドです。)
ここでビッドの問題をひとつ。
ACBL会報2006年10月号 It’s your callから。
ペア戦、双方バル
1NTオープンは15〜17。
いかにペア戦とはいえ、3点。しかもバル。
パネル回答者18人の選択は: 2
= 9人、パス = 9人 でした。
もしあなたが「2
」を言う人だとして。
実際の経過がこうなら?
W | N | E | S | |
1NT | P* | P | 2 | | | |
|
P* = しばらく考えてパスした
「こんなの2
を言うに決まっている!」と主張しても駄目。
本気度を疑われているのではありません。
ここでの論理的選択肢は「2
」と「パス」です。
論理的選択肢として「パス」することが考えられ、実際のテーブルで「パス」を
する人が相当数いる限りは、「2
」のビッドは認められないということです。
ビッドとプレーを最後までした上で、対戦相手にスコア損害があるときには、
ディレクターがスコアを調整します。
こういうときにディレクターや対戦相手に不平をぶつける人がいます。
それはおかど違い。
文句を言う相手は「パートナー」です。
「しばらく考えてパスした」から、こちらの行動が制限を受けたのです。
このようなことがあるから、上級者は「パス」をする早さにも気を遣います。
例えば、自分が早いパスを2回したあとで、遅いパスをしてしまったら。
パートナーのビッドが結果的に正しくても、ディレクターにスコアを調整されて
しまうことがあります。そのようなときにパートナーやチームメイトから責めら
れるのは嫌ですからね。
私がいちばん驚いた上告裁決は以下のもので。
1994年世界選手権 ローゼンブルム杯(チーム戦)
ディーラ:North、双方バル
2
=
&
、マイケルズ
P* = 2
のビッドの意味を
質問してからパスをした
結果: 3NT 3 メイク、EW プラス 600。
事実: Westは2
のビッドの意味を質問してから、パスをした。
ヘジテーション(ちゅうちょ、Break in tempo)は無かった。
NSペア(Englandチーム)の主張:
Westは質問をして、多少のハンドの強さを示唆した。
これによってEastは2NTがビッドしやすくなった。
反対テーブルは同じオークション経過で進んだ。
Westは質問をしなかった。
Eastは2NTをビッドするのは危険と判断してダブルをかけた。
結果として3NTには到達しなかった。
英国では、パートナーを危険にさらす(compromise)可能性がある
ので、ビッドをするつもりが無いときには、不用意な質問はできない。
WBF競技会に於いては厳しいコンベンションカード規定があるので、
Westはパスをしてから、コンベンションカードを見るべきである。
ディレクターの裁定: テーブル上の結果を成立。
上告委員会の裁決:
ヘジテーションは無かった。
プレイヤーは自分のコールの順番には質問をすることが許されている。
2NTのビッドはルーティーン(routine)である。
従って上告側の主張を退けて、3NT 3メイクに裁決。
上告供託金は没収。
この20年間、この上告裁決をくつがえす判例には出会っていません。
私が驚いたのは、供託金(50米ドル)の「没収」です。没収するという
ことは、言っていることに全く説得力がないというか、主張が非合理と
委員会に判断されたということで。
「何を馬鹿言っているんだ」と相手にされない感じです。
そこまでひどいこともないのでは。
裁決はもっともで。というのは仮に上告側の主張を受け入れたら、
「点が『有る』ときには質問をしないで、点が『無い』ときには質問をする」
という、ブライアー パッチ クー(Briar-Patch Coup)まがいの いかさまを
認めることになるからです。
にしても「没収」とは。
しかも「2NT」が“routine”とな。本当に?
ACBL会報 2011年6月号 It's your call から
IMP戦、双方バル
パネル回答者18名の選択は:
2NT = 7、 パス = 7、 ダブル = 2、 3
= 2名でした。
似たような状況です。
先の「2NT」は“routine”とまでは言えないと思いますが。
規則第16条(邦訳抜粋)
B.1.(a)… 余計な情報をパートナーに伝えたときは、このパートナーは
論理的ないくつかの選択肢の中からこの余計な情報が別の選択肢の
代わりに明らかに示唆した可能性のある選択肢を選んではならない。
( b ) 論理的な代わりの行動とは、そのパートナーシップのシステムを使用
している当該レベルのプレイヤの間で、かなりの割合が真剣に考慮の対象
とし、その中の何人かは選ぶと思われる行動である。
規則原文
LAW 16 AUTHORIZED AND UNAUTHORIZED INFORMATION
B.Extraneous Information from Partner
1.(a)… the partner may not choose from among logical alternatives
one that could demonstrably have been suggested over another by
the extraneous information.
(b)A logical alternative action is one that, among the class of
players in question and using the methods of the partnership,
would be given serious consideration by a significant proportion
of such players, of whom it is judged some might select it.